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『頑張る』ために『頑張らない』こと

何のために頑張っているんだろう?

そう感じたことってありませんか?

日々の仕事や勉強、人間関係などなど。
毎日何かしらに気を張って、ふと力が抜けた時に感じたりするものです。

・自分が何かに頑張っているのは分かる
⇒でも何のために頑張っているのかよくわからない

そう感じる時って、何となく辛くないですか?

出口の無い迷路を走り回っているといいますか。
下りのエスカレーターを上っているといいますか。

しんどいんですよね。

今回は、そんな 『 しんどさ 』 を解決するために書きました。

『 頑張る 』ことは『 目的 』ではない

いわゆる、『 東大に行くために勉強する 』ような感じです。
もちろん、そういった目標を掲げて打ち込むコトは本当に素晴らしいと思うのですが、そこに『 目的 』がリンクしているかがとても重要なのです。

東大へ行くことは『 目標 』であり、それに向けて勉強することは、『 手段 』です。

・なぜ勉強するのか?
→東大へ行くため

・なぜ東大へ行くのか?
→???

例えば、弁護士、医者、博士など、社会的に高い立場に見られやすい職に就くため。
としても、そこには必ず『 なぜ? 』が付きます。
つまり、それらですら『 目標 』に過ぎないのです。

極端な例で言うと、やりたくもない仕事でノルマを与えられてウンザリ。。といった感じでしょうか。
『 目的 』すなわち、自分がそれに取り組む理由の無いまま、ノルマという『 目標 』を与えられても、心も足も動きませんよね。

そのまま無理やり歩みを進めようとしても苦しいままなんです。

『 目的 』は素直なモノで良い

私が会社員だった頃、『 誰よりも早く出世する! 』という目標を掲げて、仕事に打ち込んでいました。

それはなぜか?と振り返ってみると、
『 何となくカッコいいから 』
っといった感じだと思います(笑)

こんな単純な理由であっても、原動力になったりするんです。
逆に言えば、本当は結構単純な理由なのに、無理やり美化したり、正当化した方が、自分を追い詰めてしまいます。

・もっとこうであるべき
・もっとこうでなくてはならない
・こんな動機じゃ恥ずかしくて人に言えない
・変な目で見られたらどうしよう

良いんです。気にしなくても。
自分の世界に浸ることは何ら恥ずかしいことではありません。

『 目的 』が腑に落ちていると、『 楽しさ 』に変わる

自分にとって腑に落ちた目的に対して努力している時、これまでと同じコトをやったとしたら、『 苦しさ 』が『 楽しさ 』に変化します。俗にいう夢中な状態です。

2人の高校野球少年を例にして考えてみましょう。
それぞれ、野球部に入った目的を以下としてみます。

・何となく。やってればモテそう。
・絶対プロの世界で活躍する!

この2人が全く同じ練習メニューをこなした場合、感じ方は異なるかもしれません。

・今日も練習面倒だな~
・今日も甲子園で優勝するために頑張るぞ!

前者の場合は、野球というものに触れていれば目的を満たせるので、ハードな練習は不要なのです。目的に対してやっていることがマッチせず、そのうち『 しんどさ 』を感じるようになります。

一方、後者の場合はどうでしょうか?
『 しんどさ 』よりも、将来への期待が勝りそうです。

『 目的 』をハッキリし、それ満たすために効果的な道を選ぶ

もし、今の日常に『 しんどさ 』を感じているのであれば、

・目的がハッキリしていない
・やりたいことと、やっていることがマッチしていない

のどちらかだと思います。

今置かれている現状は一度、脇に置いて、自分にとって原動力が沸くモノを探求してみましょう。
思い切って紙に書き出してみると良いと思います。